いのサンデー ~ 家系図でたどるわが家のルーツ の巻 ~

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      いのサンデー ~ 家系図でたどるわが家のルーツ の巻 ~
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こんにちは、いの です。
年明けに亡くなった大叔父のお墓参りに行ってきました。祖父の弟である大叔父とは、幼いころに2~3回顔を会わせただけなのですが、父曰く「おまえはこのおじさんにずいぶんなついていたんだぞ」とのこと。20数年ぶりに再会した大叔母といっしょに掘りゴタツを囲みながら、たっぷりと昔話を聞かせてもらいました。
「戦時中は海軍にいて、特攻兵器の搭乗員になるはずだったんだけど、当時は交通網がいまみたいに整備されてないでしょう?目的地に到着したのが終戦の前日だったのよ」
「戦後は材木屋やったり金物屋やったり、いろいろやったねえ」
「晩酌が好きで、いつもなくなりそうなると『もうちょっとだけ』っていうから、ついつい断れなくて・・・」
「いっぺんお銚子のなかにお酒じゃなくてお水を入れたんだけど、すぐバレちゃった」
「亡くなる日の午前中まで、このコタツに座って株の取引してたわ」
話の途中で棚の奥から登場したのが、大叔父が書いた家系図。おぼえ書き程度のものでしたが、自分の家の家系図というものを見たのはこのときがはじめて。日本史の試験でしか使ったことのない“文久”や“元治”という江戸時代の年号が並ぶさまに、妙に感動してしまいました。いまでこそ、ドラマや映画で時代劇として鑑賞していますが、その時代から現代に至るまで連なる血の流れというものが確かにあるんですよね。
さらに後日、大叔父と名字が同じ友人と話していたら、なんと出身地と家紋も同じことが判明!もしかしたら親戚なのかも?という話で盛り上がりました。大叔父の兄弟だけでも11人いるらしく、全部追っていくとえらいことになりそうですが、今度ちゃんとした家系図を見せてもらおうと思ってます。
ちなみに、私は子どものころ、
「うちの家紋は葵の御紋だぞ」
と、水戸黄門の印籠で有名な徳川家の紋を父に見せられ、しばらく信じていたことがあります。その当時、わが家のリビングに都合よく葵の御紋が付いた貯金箱が置いてあったのも理由のひとつ。いまだにテレビで黄門様を見かけるとそのことを思い出します。
それでは、また来週!

いのサンデー ~ 家系図でたどるわが家のルーツ の巻 ~」への2件のフィードバック

  1. SECRET: 0
    PASS:
    という部分に、なんだかしみじみ感じ入ってしまいました。
    普段あまり意識しないけど、血の流れというのは確実にあるのですよね。たくさん昔話も聞かれたそうで、いい体験でしたね。
    私も自分の家の家紋とか、調べてみたくなりました。

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